石川
こんにちは!
埼玉支店の石川です!
人生を、振り返ります。
どんなことを書けば、、、と悩みはしますが自分の価値観でこうやってできてきたのかな~って思えることを綴っていこうと思います。
幼少期
幼少期の頃。思い出すのはいつぶりかわかりませんが、思い返すと割とここまでは普通のかわいらしい男の子だった気はします!
なぜか印象的な思い出は手いっぱいにかき集めた「へっぷりむし」(正式名称は「ミイデラゴミムシ」というそうです。)の事。
今思うとよくもあんなくさい虫を好き好んで集めていたものです。
保育園に通っていましたが親が共働きで迎えに来てもらうのが一番遅くて何だかさみしい中、先生たちを不安にさせまいと気丈にふるまっていた気がします。
ぼくえらい。
純粋だった小学生時代
小学生はなかなかじぶんの人生でも面白い出会いのあった場所だったのかな~と思います。
小中と仲良くしてた友達と合っていなかったらもっと”まし”な人間であった代わりにもっとつまらない人間になっていたと思います。
そのくらいユーモアセンスがいい意味でイカれている友達が多かったです。
そんな友達に囲まれながら、自分の「人を楽しませたい」という想いは育まれていたのかなと思います。
価値観として言えるのはこのころは「みんなと同じがいい」と思っていたという事ですね。
このころの自分はみんなが好きなジャニーズやAKBが好きだったし、
みんながやってるからサッカーをやっていました。
(いまも別にそれが嫌いというわけではないですが、!)
ちなみに後で出てくるそんな自分の価値観にぶっ刺さった芸人「ラーメンズ」に実は出会っていたのもこのころ。
『チバ、シガ、サガ!』 爆笑してました。
まだまだ純粋だった中学生時代
中学生時代はとにかくおもろいことがしたい!
というかおもろいことひたすらにをやっていました!
小学生時代の友達に更に面白い友達が加わり、毎日のように爆笑していました。
フッ軽の化身の如く、部活終わりに「花火やろうぜ」と言われて公園に向かい、休日は部活終わりに遊びに行こうと言われて自転車で1時間かかるゲーセンまではるばる行ってました。
このころの元気がまたほしいですね。
そんなこんなであほみたいなことはいっぱいやってましたがまだ純粋でした!
ひねくれた!?高校時代
ここです!高校時代でかなりガラッと価値観やら変わった気がします。
良くも悪くも。
なんとなく人と違う物を好むようになるといういわゆる「高二病」というやつでしょうね。世間から人気な物よりも、ニッチな「通な人にはわかる!」みたいなものが好きになります。
今はある程度緩和されてますが、そこは今もそうだな~と思います。
価値観という観点で上げるなら、「おやすみプンプン」という漫画作品にはかなり影響を受けました。
その内容のなんとまあ暗い・重たいこと。(私の主観です。)
その当時も読んでいて気分がどんよりするので「鬱漫画」と称していました。
影響を受けたというより「性格が捻じ曲げられた」という方がしっくりきます。
でも誰しも持っているであろう感情というか人間味みたいなものを、良いところも悪いところも包括して表現しているのが好きで、「時にはマイナスな感情もあるのが人間の面白さだな~」とそれ自体を肯定できるようになったきっかけの作品かなと思っています。
なんてプンプン談義が盛り上がってしまいましたが、、、
それだけではなく、プンプンを最初に貸してくれたサブカルっぽい友達をはじめ、高校の時の友達には何となく「反骨精神」みたいなものがありました。
多数派に迎合してたまるか。みたいな。
それが自分も共感できるところではあったし、なんとなくで受け入れるのではなく、本質を見ようとすることが一つの価値観になったな~と思います。
そんなこんなありましたが基本的に「人を楽しませたい」というのはずっと変わらずに持っていたと思います。
大学時代
そんなひねくれた状態で入った大学生活。
生きにくい。。。
学部にはユーモアセンスもノリも合わない、なんかウェイウェイした人ばかり。
実際そんなこともなかったのでしょうが、学歴コンプも半分くらい持ったままの自分にはそう思えて大学ではうまく馴染めませんでした。
授業も基本一人で受け、特段真面目でもなかったので授業中はyoutubeで動画ばかり見ていました(小声)
ここでまた登場するのがラーメンズです。
このころラーメンズはyoutubeで自身のライブ公演をほぼ全て公開しました。
今と違ってyoutubeでネタを公開している芸人さんも少なく、毎日長く退屈な授業の最中、片っ端からネタを観漁り、見事沼にハマっていきました。
ここでラーメンズの売れ方の話。
ラーメンズは結成後まもなく、とあるネタ番組でめちゃめちゃ知名度が上がります!
それがきっかけでバラエティ番組にもちょくちょく出だすのですが、
ある時期からぱたりとテレビに出なくなります。
(正確にはネタを書いていた小林賢太郎さんは出なくなります。)
なぜそんなことをしたのか。
最大の理由は自分の一番好きな「コント」が自分の好きなようにできなかったからです。ネタ番組ではコントの長さや場づくりが制限されますからね。
そこでラーメンズは自分達のことが好きな人が集まり、自分たちの好きなように作品を表現できる「単独ライブ」に活動を一本化します。
前置きが長くなりましたが、このやり方が自分の価値観と重なり、めちゃめちゃかっこいいなと思ったわけです。
つまり、「自分に一番合ったやり方で、フィールドで一番いいものを提供したい。」という事。
「多数派に迎合してたまるか。」みたいなものと、「人を楽しませたい」という自分が持っていた両方を実現してるような感覚をラーメンズに感じたという事ですね。
(もちろんネタが面白いからというのは言うまでもありませんが。)